大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和34年(ネ)559号 判決 1961年12月23日

控訴人 有限会社国際金融商会

被控訴人 株式会社別電工業所 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め被控訴人等代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠開係は控訴代理人において「本件債権は被控訴人等に対する手形債務を準消費貸借に改めたものである旨の従来の主張(原判決三枚目表一一行目以下四枚目表三行目まで)を変更し、次のとおり主張する。即ち昭和三二年二月中訴外金子尚司(又は金子信司とも称する)が被控訴会社の代理人として被控訴人金尾ヨシヱ、同後藤[日皋]及び同訴外人において連帯保証するから金四〇〇、〇〇〇円を被控訴会社に融資せられ度い旨申込んで来たので、控訴会社代表者松岡敏勝は被控訴会社に赴き右申出事実を確かめた上、同月一三日借用証書代用として額面金四〇〇、〇〇〇円の約束手形一通を受領し、これと引換えに被控訴会社に対し被控訴人金尾ヨシヱ同後藤[日皋]及び訴外金子尚司を連帯保証人として金四〇〇、〇〇〇円を弁済期同年三月一五日の約定で貸付けたものである然るに被控訴会社は右弁済期までに支払をなすことができず、猶予を求めたので、同年三月三〇日これを承諾して同年四月一五日まで延期した。而して右貸借に際し被控訴人等は右貸金債務の支払を怠つた場合は右貸借契約につき公正証書を作成することを特約し、右作成のための委任状及び印鑑証明書をも差入れていたところ、被控訴人等は右延期された弁済期をも徒過して支払をなさなかつたので控訴会社は同年四月二三日に至り、右書類に基き本件公正証書を作成したものである。」と述べ、被控訴人等代理人において右主張事実を否認し、当審証人谷川五郎の証言を援用した外、原判決事実摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。(但し、原判決四枚目裏一〇行目から一一行目にかけて「尋問を求め、甲第一乃至第六号証を否認し、」とあるを「尋問(第一、二回)を求め、甲第一乃至六号証は何れも真正に成立したものであると述べ、」と訂正する。)

理由

控訴会社が大分地方法務局所属公証人渡辺隆治昭和三二年四月二三日作成第一、六九九号準消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き同年五月六日被控訴人等所有物件につき強制執行をなしたことは当事者間に争がない。

ところで被控訴人等は右公正証書作成に関与したことはなく、同証書記載のような債務を負担した事実はない旨主張するので右公正証書が作成されるに至つた経緯につき考察することとする。原審における被控訴人後藤[日皋]本人尋問の結果により認められる甲第二、六号証、乙第一号証中同人名下の各印影及び同第五号証の同人の印影が同人の印章により顕出されたものである事実、原審証人谷川五郎の証言により認められる甲第三、四号証の金尾ヨシヱの各印影が同人の印章により顕出されたものである事実、原審における被控訴人金尾ヨシヱ本人尋問の結果により認められる同第六号証乙第一、三、四号証中金尾ヨシヱ名下の各印影が同人の印影である事実、成立に争のない甲第七号証乙第六号証、原審における被控訴人後藤[日皋]本人尋問の結果により真正の成立を認め得る乙第五号証、同本人尋問の結果により真正に成立したものと推認し得る同第九号証並びに原審鑑定人松川武雄鑑定の結果、原審及び当審証人谷川五郎の証言、右各本人尋問の結果、原審における控訴会社代表者松岡敏勝の第一、二回本人尋問の結果(以上何れも後記認定に反する部分を除く)に弁論の全趣旨(控訴人が当初本件公正証書は被控訴人等の手形債務を準消費貸借に改めたものにつき作成された旨主張し、その後白地手形の補充の点につき瑕疵あるため原審において敗訴するや、当審において主張を変更して右公正証書は被控訴人等の貸金債務につき作成されたものである旨主張するに至つた経緯)を綜合して考察すれば、訴外金子尚司は大分合同新聞社別府支社の広告係社員として被控訴会社及び被控訴人後藤[日皋]方に広告募集のため出入していた者であるが、その間屡々被控訴人等に依頼して融通手形の振出交付を受け、これを控訴会社より割引いて貰つて金融を受けたが、右各手形は何れも満期日までに資金上の手当がなされ、事実上被控訴人等の出捐を煩わすことなく円滑に決済されていたこと、右前例により同訴外人は被控訴人金尾ヨシヱに依頼して昭和三二年二月一三日額面金四〇〇、〇〇〇円、支払期日同年三月一五日の約束手形一通の融通手形を振出して貰い、これに被控訴人後藤の裏書を受け、該手形と共に右両名の印鑑証明書を控訴会社に差入れて金員の貸与を受けたところろ、右手形については訴外金子において資金上の手当をなすことができず、支払を拒絶されるに至つたので、同訴外人は被控訴人等の諒解の下に控訴会社に対し右支払の猶予を求めると共に右手形の書替をなすことにつき承諾を求めたこと、そこで控訴会社はその求めを容れ、右書替をなすにつき被控訴人等三名共同提出の約束手形、該手形上の債務を目的として準消費貸借契約を締結して公正証書を作成することについての被控訴人等及び同訴外人の承諾書及び右公正証書作成のための委任状を差入れることを要求し、控訴会社代表者松岡敏勝において振出日同年三月三〇日振出人被控訴人三名、額面金四〇〇、〇〇〇円、支払期日同年四月一五日、支払地振出地別府市、支払場所株式会社大分銀行別府支店、受取人欄白地の約束手形一通(以下これを書替手形と呼ぶ)並びに同年三月三〇日付の右承諾書及び委任状を作成し(右手形及び委任状については被控訴人等の記名をも了した)、これを訴外金子に手交して右手形及び委任状については被控訴人等の押印を、承諾書についてはその署名押印を求めたところ、同訴外人は同日準消費貸借契約及び公正証書作成の点には触れることなく、単に右手形書替に使用する旨を告げて被控訴人金尾ヨシヱから同人個人の印及び被控訴会社代表者の印を、また被控訴人後藤[日皋]から同人の印を各借受け、これを以て右手形の振出人名下に押印した上、受取人欄白地の侭自ら白地裏書した外、前記委任状の被控訴人等名下に押印し、且つ前記承諾書に被控訴人等の氏名を記入押印してこれらを控訴会社に差入れたこと、然るに控訴会社が右書替手形を支払期日に呈示して支払を求めたがこれを拒絶されたので控訴会社は前記準消費貸借契約締結に関する承諾及び公正証書作成委任についても被控訴人等が諒諾し、同訴外人に被控訴人等を代理する権限があつたものと信じ、同年四月二三日右委任状に基き右書替前の手形と同時に差入れてあつた前記各印鑑証明書及び右手形書替の際被控訴会社代表者の印を使用して下付を受けて差入れてあつた該印の印鑑証明書を使用して同年三月三〇日付の右準消費貸借契約につき本件公正証書(甲第一号証)を作成するに至つたことを認め得るところであつて、原審及び当審証人谷川五郎の証言並びに原審における控訴会社代表者(第一、二回)、被控訴人金尾ヨシヱ同後藤[日皋]各本人尋問の結果中以上認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

控訴人は本件公正証書は控訴会社が被控訴会社に対し被控訴人金尾ヨシヱ同後藤[日皋]及び訴外金子尚司を連帯保証人として貸付けた金四〇〇、〇〇〇円の消費貸借契約につき作成されたものである旨主張するが、これを認むべき何等の証拠もなく、仮りに前記書替前の手形の振出、裏書、割引及び書替手形の振出と言う一連の事実により強いて控訴人主張の如き消費貸借契約成立の事実を認める余地があるとしても、前顕乙第一号証及び本件公正証書たる甲第一号証の記載に徴すれば、右消費貸借契約につき公正証書が作成されたものとは到底認めることはできない。

以上認定の事実によれば右書替手形は訴外金子が被控訴人等の授権に基きその代理人として振出したもので有効と言うべきであるが準消費貸借契約締結の合意及び公正証書作成に関する合意については同訴外人には代理権がなつかたものと言わねばならない。然し乍ら前認定の如き事情の下においては控訴会社が右権限外の事項についても訴外金子に被控訴人等を代理する権限があるものと信じたことには正当の理由があつたものと認めるのが相当である。

ところで本件準消費貸借契約締結当時は勿論公正証書作成当時においても該契約の目的となつた書替手形が受取人欄空白の侭であつて、補充されていなかつたことは当事者間に争がなく、右手形の補充権が所持人である控訴会社に在ることは明白である。白地手形は後日白地となつている記載要件が補充されることを停止条件とする未完成の手形であつて、右白地部分が補充された時から手形上の権利を行使し得るものであり、このことは右権利の行使が本来の手形金の請求たると、将亦手形債務を目的として準消費貸借契約をなすことたるとを問うものではないので、未補充の右手形上の債務を目的としてなされた準消費貸借契約は無効と言う外ないから、これを公証した本件公正証書は債務名義たる効力を有しないものと言わねばならない。

加之右公正証書中直ちに強制執行を受くべき旨の合意に関する部分は訴訟上の法律行為たる性質を有するので、私法上の原則として表見代理につき認められた民法第一一〇条の規定は適用がないものと解すべきであるから前記の如く控訴人において訴外金子が右公正証書作成につき被控訴人等を代理する権限を有するものと信ずべき正当の理由があつたとしても、右公正証書自体の債務名義たる効力を肯認すべき理由とはなし難く、また前顕乙第六号証並びに原審における証人谷川五郎の証言及び第二回控訴会社代表者本人尋問の結果により被控訴会社の経理担当社員谷川五郎は前記手形債務につき督促を受けたが、右手形振出の真相を知らなかつたので、一応右手形を回収して被控訴会社代表者金尾ヨシヱにこれを呈示してその真相を確かむべく、昭和三二年四月二五日前記書替手形を控訴会社代表者から回収すると引換えに控訴会社に対し被控訴会社代表者金尾ヨシヱ名義で金三〇〇、〇〇〇円の小切手を振出した事実が認められるが、右証言及び本人の供述並びに原審における被控訴人金尾ヨシヱ本人尋問の結果によれば、右小切手振出当時被控訴会社代表者金尾ヨシヱは右公正証書作成の事実を知らなかつたものであることが認められるから、右小切手振出の事実のみで直ちに被控訴会社が右公正証書作成についての金子の無権代理行為を追認したものとは認め難く、他に右無権代理行為を被控訴人等が追認したことを認むべき証拠はないので、本件公正証書はこれらの点からしても債務名義たる効力を有しないものと言わざるを得ない。

よつて右債務名義の執行力の排除を求める被控訴人等の本訴請求は正当であつて、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 相島一之 池畑祐治 藤野英一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例